東京地方裁判所 平成7年(ワ)7766号・平7年(ワ)20430号 判決
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
二 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)らに対し、それぞれ、一〇六七万八六六六円及びうち六〇四万三六六六円に対する平成七年二月二一日から、うち四六三万五〇〇〇円に対する平成七年一〇月二一日から各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三 反訴原告(本訴被告)らのその余の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを四分し、その一を本訴被告(反訴原告)らの負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。
五 この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
被告(反訴原告。以下「被告」という。)らは、各自、原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、一〇五五万〇〇九五円を支払え。
二 反訴
原告は、被告らに対し、それぞれ、一八三五万二八一七円及びこれに対する平成七年二月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、建物建築請負契約に基づいて途中まで工事が進められた時点で契約が解除されたため、建物建築を請け負った請負人が注文者らに対し、工事出来高の支払を求めたのに対し、注文者らが、請負契約は請負人の債務不履行により解除されたとして、請負人に対し、契約解除に基づく原状回復請求として支払済みの請負代金と損害賠償の支払を求めて反訴を提起した事案である。
二 争いのない事実等(特記しない限り当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 原告は、建築請負等を業とする株式会社である。
(二) 被告黄鍾洙(以下「被告黄」という。)は、産婦人科医であり、被告梅津ミヨ(以下「被告梅津」という。)はその妻である。
2 本件請負契約の締結
原告と被告らは、平成六年二月一六日、仮称中野梅津ビル新築工事(以下「本件工事」という。)につき、四会連合協定約款(以下「本件約款」という。)に基づいて、左記の条件で請負契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。
記
(一) 工事内容 地上三階・地下一階建住宅(以下「本件建物」という。)
(二) 工事場所 東京都中野区中央四丁目二七番地外
(三) 工期 着手 平成六年二月二一日
完成 平成六年八月三一日
(四) 請負代金 五二九四万二〇〇〇円(消費税含む)
(五) 代金支払時期
<1> 平成六年二月二二日 一七六四万七三三三円
<2> 鉄骨建方上棟時 八八二万三六六七円
<3> ALC版搬入時 八八二万三六六七円
<4> 完成引渡し時 一七六四万七三三三円
(六) 契約解除 以下の場合には、被告らは、工事を中止し、又はこの契約を解除することができ、原告に損害の賠償を求めることができる。
<1> 工事が工程表より著しく遅れ、工期内または期限後相当期間内に、原告が工事を完成する見込みがないと認められるとき
<2> 原告が施工について、図面・仕様書に適合しない部分があるときは、監理者の指示によって原告は、その費用を負担して速やかにこれを改造し、このために原告は工期の延長を求めることはできない旨の約定(約款一四条)に違反したとき
<3> その他、原告が本件請負契約に違反し、その違反によって契約の目的を達成することができないとき
(七) 違約金 原告の責に帰すべき事由により、契約期間内に契約の目的物を引き渡すことができないときは、別に特約のない限り、被告らは遅延日数一日につき、請負金額から工事の出来高部分と検査済みの工事材料に対する請負金額相当を控除した額の一〇〇〇分の一に相当する額の違約金を請求することができる。
3 被告らは、原告に対し、平成六年二月二二日、前項に定める前払金一七六四万七三三三円を支払った。
4 本件工事の途中において、原告は、地階の基礎工事を行うため、根伐工事、山留工事を行った後捨てコンクリートを打ち、その上に鉄筋を組立てるための作業位置を決めるために墨出しをしたが、その際、本件建物の六本の主柱及び北西隅の主柱と北側中央の主柱を結ぶ地中梁の位置につき、本来の位置からずれた地点に墨出しを行い、これに基づいて配筋(鉄筋の組立て)工事を行ったため、主柱及び地中梁の配筋が間違ってされた(以下「本件工事ミス」という。)。
5 被告らは、平成六年八月一八日付の内容証明郵便で、同年八月三一日までに工事をやり直さなければ本件請負契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。
6 原告は、本件工事を中止し、被告らは、原告の施工した基礎工事部分を撤去した上、中野角工業建設株式会社に本件建物の建築工事を依頼し、同社が本件建物を完成させた(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 原告は、中途まで行った工事の出来高を被告らに請求することができるか。できるとすると、その額はいくらか。
(原告の主張)
原告は、本件工事の中止時点までに、仮設工事、基礎工事等を行い、別紙のとおり合計二八一九万七四二八円を下請業者等に支払った。
したがって、被告らは、原告に対し、右金額から、既に被告らが支払った一七六四万七三三三円を控除した一〇五五万〇〇九五円を支払うべきである。
(被告らの主張)
本件で原告がした工事には、主柱の配筋を誤るという構造上致命的な欠陥があり、本件工事によって施工された部分には何ら利用価値がない。したがって、被告には、出来高に基づく支払義務はない。
2 被告らのした本件請負契約の解除の意思表示は有効か。有効とすると、被告らは、原告に既払金の返還及び損害賠償を請求することができるか。
(被告らの主張)
(一) 本件工事ミスは、本件建物の六本の主柱や地中梁の配筋の位置を間違えるというものであり、建物構造上極めて危険なものである。しかるに、原告は、監理者である株式会社タクマ建築設計事務所(以下「タクマ設計」という。)や鉄骨業者である有限会社昇栄鉄工(以下「昇栄鉄工」という。)がこれを是正するように指摘したのに、後で必ず手直しをするといいながら、基礎コンクリート床を打設し、地中梁についての欠陥工事を外見から分からないよう隠ぺいし、基礎コンクリート床上に露出して立ち上がっている主柱の配筋(縦筋)の全部について、酸素バーナーでその柱筋の下端部分を高熱であぶって斜めに折り曲げて正規の柱筋の位置まで移動し、その正規な柱の位置で再び柱筋を酸素バーナーであぶって元通りになるよう縦におこすという、ずさんな修正作業を行った。この方法では、柱筋を下端で二か所も折り曲げるため、その箇所で鉄筋の抵抗力がなく、地震の際などに鉄筋が曲がっている方向に建物が簡単に倒壊しやすくなるため、構造的に欠陥が生じるものである。
被告らは、本件工事がいまだ初期段階にあり、工事のやり直しを妨げる事情も存しなかったので、基礎工事からの工事のやり直しを求めたが、原告は、自分の考える補修方法に固執し、工事のやり直しをしなかった。なお、原告が行おうとした補修方法(以下「原告補修方法」という。)で用いられるガス圧接は、元来一本の鉄筋で施工すべきところやむを得ず接合をする場合に取られる工法で、一歩間違えると不良圧接になって溶接の意味をなさない危険があり、本件のように全部の主柱の全部の柱筋をこれにより処理するのは危険である。社団法人日本建築学会(以下「日本建築学会」という。)が規定した建築工事標準仕様書などでは、このようなガス圧接を行う場合には、各圧接部分の位置が互い違いになるように四〇センチメートルの間隔を置いて施工することを原則としており、また、柱央部で行うべきで、柱脚部では行うべきでないとしているのに、原告補修方法では、圧接位置が同一レベルになっており、問題がある。さらに、原告補修方法を実施するため、いったん打設した基礎コンクリートスラブ(床板)をはつってコンクリートを打ち増しする場合、はつり作業時に基礎コンクリートに強い振動が及んでコンクリートの粉砕、破断が生じる恐れがあり、また、コンクリートを打ち継ぐ際に、新旧のコンクリートが一体化せず、コンクリートの強度が失われる恐れがある。
よって、原告補修方法は不適切であり、被告らのした本件解除は有効である。
(二) 既払代金の返還請求
被告らは、本件請負契約の前記(六)項に基づいて本件請負契約を解除したから、支払済みの一七六四万七三三三円について返還請求権を有する。
(三) 約定に基づく違約金請求
原告は、本件請負契約の前記(七)項の違約金として、工事引渡約定日の翌日である平成六年九月一日から平成七年二月二〇日までの一七三日間につき、一日当たり工事代金五一四〇万円の一〇〇〇分の一の合計八八九万二二〇〇円を支払う義務がある。
(四) 損害賠償請求
被告らは、本件工事ミスを是正するため、原告のした基礎工事を撤去し、そのために一〇一六万六一〇〇円(消費税含む)を要したから、原告に対し、契約解除に伴う損害賠償として右金額を請求する。
(五) 原告主張への反論
(1) 裁定条項について
原告の主張は否認ないし争う。
原告の主張する裁定条項は、本件建物が建築基準法の規定する容積率に違反した建物であることから、それが監督官庁で指摘され問題になった時にその問題を話合いで解決するための条項にすぎず、本件のような、構造上問題のある工法の採用まで対象としていない。
また、原告は、自ら裁定条項の適用を放棄して調停申立て、訴訟提起をしており、本訴で右条項の存在を主張するのは訴訟上の信義則に反する。
(2) 過失相殺について
原告の主張は否認ないし争う。
本件工事ミスの原因は、原告が、誤った図面をもとに墨出しを行ったことにあるから、監理者に何ら落ち度はない。
(原告の主張)
(一) 原告補修方法の正当性
(1) 本件工事ミスを発見したのは昇栄鉄工であり、アンカー埋め込み打合せの段階で寸法が合わないといってきたのであって、構造的に危険であるということではなかった。本件工事を進める中で、監理者であるタクマ設計、施主である被告らに工事進行報告書、写真を渡し、全員が施行された工事を確認していたが、それまで誰も本件工事ミスには気づかなかった。本件工事ミスを意図的に外見上分からないようにしたことはない。
(2) 本件工事ミスが発見された後、原告は、設計者、施工関係者、タクマ設計らと協議を繰り返し、後藤建築設計事務所に構造計算チェックを依頼し、さらに五大総合設計株式会社にも依頼し指示を受けて、補修方法を被告らに提示した。原告補修方法は、後藤建築設計事務所の考案したケミカルアンカーを打つ方法で、荷重、横揺れについての安全性は確保されており、またコンクリートの強度についても問題はない。ガス圧接のための器具を設置するスペースもあり、本件工事着工後に監理者となったタクマ設計の片柳靖夫も認めており、また、実際に本件工事の計算書、構造図を書いた福西建築設計事務所も柱筋の手直し工事を提案しているから、原告補修方法は適切であった。
(二) 裁定条項の存在
原告と被告らの間では、本件請負契約に際し、「紛争が生じたときは、保証人の裁定にしたがう」旨の協定をした。この条項は本件建物の建築についてのあらゆる問題に適用されるものである。
本件では、原告は、保証人である有限会社ミズノ総合企画(以下「ミズノ総合企画」という。)の代表者である水野實(以下「水野」という。)に原告補修方法で仕事を続行することを申し立てた。水野は、本件建物につき実際に構造計算をした福西建築設計事務所に意見を聞いたところ、この補修方法を支持したので、水野は原告補修方法で工事を続行すること、同時に原告が被告らに一五〇万円を支払うこととの裁定を下した。ところが、その翌々日に被告らは、地階を四メートル五〇センチメートルにするか、それでなければ全部こわして最初からやり直すことを要求してきた。原告は、原告被告間の協定で地階の高さは二メートル九〇センチとなっており、そのような危険な構造にはできないとして申出を断ったところ、けんか別れとなり裁定どおりの工事が実施できなくなった。
右経緯によれば、原告には債務不履行はないし、違約金を支払う必要はない。
(三) 過失相殺
仮に、原告に債務不履行が存在するとしても、被告らは、タクマ設計を監理者として委任している。監理者は、本件請負契約の契約書上、施工について指示、立会検査を行う義務があるところ、本件工事ミスの際、タクマ設計は立ち会っていながらそのミスに気づかなかった。また、タクマ設計は、本件工事ミスの発見後も、その補正工事について適切な指示を与えなかった。監理者は施主の代理人であり、その監理者に債務不履行が存在するのであるから、原告の債務不履行については、五割相当の過失相殺がされるべきである。
第三当裁判所の判断
一 前記争いのない事実等に、証拠(甲一七、二〇ないし二二、乙二ないし四、六、七、九、一七、一八、二一ないし二三、三三ないし三五、四八、四九、証人後藤友彦、同水野實の各証言、原告代表者、被告黄鍾洙各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件請負契約が解除されるに至った経緯等について、以下の事実が認められる。
1 被告らは、被告黄が産婦人科医師をしている関係で、医療関連施設として本件建物の建築を計画し、ミズノ総合企画内に事務所を借りていた中野設計事務所の中野博司に設計を依頼し、平成五年六月二二日、本件建物の建築確認を受けた。しかし、実際に建築する本件建物は、建築基準法違反の部分があるため、建築確認申請に用いた図面と実際に施工する建築図面とは異なっていた。
2 被告らは、ミズノ総合企画の代表者である水野から原告を紹介され、原告に本件建物の建築工事を依頼することとし、平成六年二月一六日、本件請負契約を締結した。なお、本件請負契約の契約書には、請負人の保証人欄にタクマ設計、ミズノ総合企画、株式会社ボストン都市開発の三者の記名押印があるが、これは、本件建物が容積率などの点で建築基準法に違反していることから建築に際し、監督官庁から違反を指摘された場合に、右三者が施主である被告らと協議するために関与したものであった。
なお、右契約書上、本件工事の監理者は記載されていないが、工事開始後に、タクマ設計が監理者となった。
3 原告は、平成六年二月二四日から本件工事が開始し、根伐工事、山留工事などを行い、捨てコンクリートを打ち込んだ後、同年三月二四日、配筋をするため墨出しを行った。本件建物の基本的構造は、主柱として北側に三本、南側に三本と、計六本の柱を二列に配置し、その主柱同士の間を地中梁で連結させる構造となっているところ、原告の現場監督である小畑茂美は、六本の主柱のすべてについて、本来の位置から約一〇センチメートルずれた位置にマジックペンで印を付けて墨出しを行った。また、北西角の主柱と北側中央の主柱とを連結する地中梁も、柱位置よりずれて南寄りの箇所に基準線を引いた。
4 原告は、同年三月二五日、耐圧板(捨てコンクリートの上に作られる基礎部分)の配筋を開始し、翌二六日、本件工事の現場において配筋検査を行うとともに、現場監督である小畑は、被告黄らを伴って、原寸検査に立ち会うため、鉄骨業者である昇栄鉄工を訪れた。そこで、小畑らは、現場施工図を見た昇栄鉄工から、現場における配筋が誤っているとの指摘を受けた。しかし、原告は、配筋の組み直しをすることなく、同月二八日に耐圧板の配筋を完了し、同月二九日に、耐圧板のコンクリートの打設を行った。その後、地下階部分の壁などの配筋を行い、地下階床面のコンクリートを打設した。
その結果、六本の主柱の鉄筋は、本来の位置からずれたまま、床コンクリート等によって固定されたが、原告は、床コンクリートから立ち上がっている主柱の配筋(縦筋)の脚部をバーナーであぶって、斜めに折り曲げ、脚部から上を正しい位置に修正する台直しを行った。
5 これを見た被告らは、タクマ設計や水野に連絡を取り、また、原告代表者にも、現場の柱筋の位置がずれていることや主柱の鉄筋を曲げて台直しをしていることなどを告げ、工事のやり直しを申し入れた。そのため、原告は、平成六年四月中旬、本件工事を中断し、被告らは、今後の対応について、協議することとした。
この話し合いの中で、タクマ設計は、コンクリートをはつって、下から垂直に延びている鉄筋に新たな鉄筋を溶接する補修方法を提案し、また、水野は、加えて五〇〇万円くらい工事代金を負けてやってはどうかと原告に提案した。しかし、原告は、代金額を減額することはできないといい、被告らは、全部やり直してほしいと主張した。
6 その後、原告や水野らが協議して、補修工事をした上、三〇〇万円を被告に支払うという提案を被告らにすることとなったが、被告らは、最初から工事をやり直してほしいとの主張を変えず、また、やり直すのであれば、地表面から五メートル掘り下げるようにしてほしいと主張した。
7 原告は、本件工事ミスの補修について、監理者であるタクマ設計と相談するための打合せ用の資料としての補修案を、構造計算を専門とする後藤建築設計事務所の後藤友彦一級建築士(以下「後藤建築士」という。)に提案してもらうこととした。後藤建築士は、原告が提供した資料を基に、台直しを行った部分についての補修案として、台直しを行った鉄筋を根本で切断し、その周囲のコンクリートを深さ一五〇ミリメートル程度はつった後、ガス圧接により新しい鉄筋をつなげてまっすぐ立ち上げ、正規の柱位置まではフカシ補強筋を配筋して増し打ちし、右補強筋はケミカルアンカーを用いて定着させるという方法を提案した。原告は、同年六月初めころ、被告らに対し、後藤建築士が提案した補修方法(原告補修方法)を提示し、協議したが、被告らは基礎工事からのやり直しを求め、結局話はまとまらなかった。
8 原告は、平成六年八月四日、内容証明郵便で、原告補修方法は構造上問題がないこと、基礎から工事をやり直すことは構造計算上不要であり、山留工事をするだけの空きもないので、不能又は不必要な工事に過大な費用を生じることとはできない旨を通知した。これに対し、被告らは、同月一八日付で内容証明郵便で、基礎工事からやり直してほしい、同年八月三一日までに工事を再開しなければ債務不履行により本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。
9 その後、被告らは、大渕建設株式会社に基礎工事部分の撤去工事を依頼し、右会社は山留部分を残してその他の基礎工事部分を撤去した。さらに、被告らは、中野角工業建設株式会社に本件建物の建築工事を依頼し、右会社は、山留部分を利用して、工事を行い、本件建物は、平成九年一〇月ころ、完成した。
二 原告の請求について
1 右認定したところによると、被告らは、原告が本件工事を中断した後、配筋工事をやり直すため、基礎工事部分を撤去していることが認められる。しかるところ、原告は、本訴において、中断するまでに原告が行った工事の出来高を請求しているのであるが、乙第六号証によれば、本件約款においては、工事途中で契約が解除された場合には、施主が工事の出来形部分と検査済みの工事材料を引き受けるものとして清算する旨規定されていることが認められる(約款二九条一項)。この規定は、建築業者がした工事の出来形部分で、有用なものまで撤去することは、施主、建築業者の双方にとって不経済であるから、有用な出来形部分は、施主が引き取ることにして清算する趣旨と解される。
したがって、原告の請求を判断するためには、原告のした基礎工事が有用なものとして被告らが引き取るべきか否か、逆にいえば、原告のした基礎工事はやり直す必要があったか否かを判断する必要があることになる。そこでまず、被告らのした本件請負契約の解除の意思表示が有効か否かについて検討することとする。
2 前記一の認定事実及び乙第一八号証、第三一号証、第四一号証、第四二号証、証人後藤友彦の証言、鑑定の結果によれば、原告から依頼されて後藤建築士が作った原告補修方法は、台直しを行った主柱の鉄筋を切断し、ガス圧接により新しい鉄筋をこれに継ぎ、また、正規の柱位置には、フカシ補強筋を配筋して増し打ちし、ケミカルアンカーで定着させるというものであること、ガス圧接を行う際に使用する圧接機を利用するには、本件の場合、地中梁に縦、横、深さとも一五〇ミリメートルの穴を掘る必要があるが、この穴を掘ることとなる地中梁の主筋は、コンクリート表面から五〇ないし六〇ミリメートルの位置にあり、地中梁主筋を切断しない限り物理的に圧接機を用いることができず、物理的に後藤建築士の補修方法によることはできないだけでなく、右方法では、柱脚部という応力の比較的大きい部分での接合がされることとなり、完璧な溶接が行われるか不安が残るという問題が生じること、ただし、圧接でなく、エンクローズ溶接法という工法を用いれば、右の物理的な問題は回避でき、また、応力の大きい部分であるとの点も、施工後に検査を行うことによって鉄筋の一体化を確認できれば問題はないこと、エンクローズ溶接を用いた継手は、鋼あて金方式ともいい、特殊継手の中の溶接継手に分類されるものであり、圧接継手とは別個の方式であるが、日本建築学会の建築工事標準仕様書、同解説(鉄筋コンクリート工事)の平成九年版においては、柱筋の継手位置は原則として応力の小さい、柱脚部から五〇センチ以上、柱高さの下から四分の三までとし、エンクローズ溶接については、応力の小さい箇所で継手を用いる場合には、全数継手としてもよいが、継手部分は互いに四〇〇ミリメートル以上離し、かつ、あて金の長さに四〇ミリメートルを加えた長さ以上離すことを原則とすることと定めていること、また、本件工事の鉄筋コンクリート構造標準図(1) では、継手は原則として応力の少ない部分に設け、柱主筋の場合は、柱の高さの下から四分の一ないし四分の三の間の部分に設けることとしていること、一般に、柱筋の柱脚付近は、応力が大きく、台直し、コンクリートのジヤンカの発生も予想されるので、この部分での継手は避けた方がよいとされていること、以上の事実が認められる。
3 右によれば、後藤建築士が考案し、原告が行おうとした原告補修方法は、本件工事においては、物理的に不可能であったというのであるから不適切な補修方法であったといわざるを得ない。もっとも、技術的には、ガス圧接ではなくエンクローズ溶接法という特殊継手の一種を用いることにより、後藤建築士の提示した案に類似した補修が可能であったことが認められるが、他面、この方法によるときは、応力が大きく原則として継手をすべきでないとされる柱脚部に継手が集中することになり、一般には避けた方がよいとされていることが認められる。施主の立場からすれば、鉄筋を組む位置がずれ、その鉄筋を一般には避けた方がよいとされる柱脚部分の位置から継ぎ足して建物を建築することは、たとえ、技術的にしっかりした工事を行えば安全性が確保されるとしても、不安かつ不愉快なものであることは間違いがない。やり直しに多大な費用と時間がかかるため、あえてやり直しを求めることが権利の濫用になる場合はあり得るが、本件においては、原告は、配筋工事をした時点でミスに気付きながら、あえてコンクリート打設まで行ってしまったのであって、やり直しをすることに多大の費用がかかるとしても、それは原告の責任であるといえるのである。原告が犯したミスについて、被告らが不安を残したままこれを受忍しなければならない筋合いはないというべきである。
原告は、本件では、保証人の裁定があったのであるから、被告らはそれに従うべきであった旨主張するが、右裁定の存在を認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって証人水野實の証言によれば、そのような裁定をしたことはないことが認められる。また、前記一の認定によれば、本件請負契約にいう保証人の裁定とは、本件建物が建築基準法違反の建築である点について問題が生じた場合に用いられるものであるところ、本訴において問題となっているのは、施工上のミスをどのようにして補修するかということであったのだから、保証人による裁定の条項が適用される場面ではない。原告の右主張は採用しない。
4 以上のように考えると、原告が原告補修方法に固執し、被告らが求めたやり直し工事に応じなかったのは、本件請負契約上の債務不履行といわざるを得ず、被告らの本件解除は有効であるというべきである。そして、配筋工事をやり直すためには、基礎工事部分を撤去する必要があったといえるから、基礎工事部分は、有用な出来形ということはできず、原告のした工事のうち、後の工事で活用し得る有用な出来形部分は、根伐工事と山留工事のみであったということができる。
しかるところ、甲第七号証の1ないし5及び弁論の全趣旨によれば、原告は、根伐工事、山留工事を株式会社東興に依頼し、その代金として、五五六万円を支払っていることが認められる。
しかし、原告は、被告らから既に一七六四万七三三三円を受け取っていることは争いがないから、出来形部分を引き取ることによって、被告らが清算金を支払う必要はないことになる。
原告の本訴請求は、結局理由がないことに帰する。
三 被告らの請求について
1 本件請負契約が被告らの本件解除によって解除されたことは、前記二で判断したとおりである。
したがって、原告は、被告らが支払った請負代金から被告らが引き取るべき出来形部分を清算をした後の残額はこれを被告らに返還すべきであるところ、前記二で判断したところによると、被告らが引き取るべき出来形部分は、根伐工事と山留工事であり、この工事部分の価格は五五六万円である。したがって、原告は、被告らから受け取った工事代金一七六四万七三三三円から右五五六万円を差し引いた一二〇八万七三三三円を返還すべきである。
2 次に被告らの損害賠償請求につき検討するに、乙第二一号証、第三三ないし第三五号証、被告黄鍾洙本人尋問の結果によれば、被告らは、配筋工事をやり直すため、原告のした基礎工事部分を解体撤去したが、その工事を依頼した大渕建設株式会社に九二七万円を支払ったことが認められる。右九二七万円は、原告がした本件工事ミスによる損害ということができる。
3 被告らは、本件請負契約の本件約款二六条一項に基づき工事が遅れたことの違約金を支払うべきだと主張する。
しかしながら、乙第六号証によれば、本件約款二六条一項は、原告の責に帰すべき理由により契約期間内に契約の目的物を引き渡すことができなかった場合に、その遅滞日数に応じた違約金を支払うことと規定しているものの、同約款二七条は、建築業者の債務不履行による解除権と損害賠償権を規定しているのであり、これらを併せ考えれば、本件約款二六条一項は、工事が遅れて引き渡された場合の規定であり、工事途中で契約が解除された場合には適用がなく、その場合の損害賠償は、本件約款二七条によるものと解される。契約が解除された以上、請負人は、工事を続行することはできなくなったのであるから、完成が遅れたことの責任を当然に請負人に課することは相当ではないからである。したがって、被告らが契約を解除した本件にあっては、当然には本件約款二六条一項に基づいて違約金の支払を求めることができず、被告らが個別に損害を立証したものについて、損害賠償請求をすることができるものと解すべきである。
したがって、本件約款二六条一項に基づく被告らの損害賠償請求は理由がないというべきである。
4 原告は、監理者であるタクマ設計が監理業務を怠ったため、墨出しのミスに気づかなかったとして過失相殺を主張する。しかし、前記一の認定事実によれば、本件ミスは、原告側で施工に使うべき図面を誤ったために生じたことが認められるから、原告の債務不履行責任が否定されることはなく、仮にタクマ設計に監理業務につき何らかの過失があったとしても、それは監理委託契約上の義務に違反したものとして、注文主から損害賠償請求を受ける可能性があるにすぎず、タクマ設計の過失をもって、原告が負担する損害賠償額を減少させる事由とはなしえないというべきである。原告の右主張は、到底採用することができない。
5 したがって、原告は、被告らに対し、既に支払った請負代金の返還分として一二〇八万七三三三円、損害賠償として基礎工事の撤去費用九二七万円の合計二一三五万七三三三円を支払うべきである。
なお、乙第六号証によれば、本件約款においては、契約解除し精算した結果、注文者に過払がある場合は、請負人は過払額について、その支払を受けた日から法定利率による利息を付けて注文者に返す旨規定されていることが認められる(約款二九条二項)から、請負代金の返還分については、請負代金の支払日である平成六年二月二一日以降遅延損害金を請求することができるものであり、平成七年二月二一日からの遅延損害金を求める被告らの主張は理由があるが、損害賠償分については、弁済期の定めがないものであって、請求によって遅滞に陥るものと解されるところ、被告らが本件反訴の提起以前にこれを原告に請求していた事実を認めさせるに足りる証拠はないから、反訴状送達の日の翌日である平成七年一〇月二一日から遅延損害金が発生するものと解される。
四 まとめ
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、被告らの反訴請求は、被告ら各自につき、二一三五万七三三三円の二分の一である一〇六七万八六六六円とうち六〇四万三六六六円に対する平成七年二月二一日から、うち四六三万五〇〇〇円に対する平成七年一〇月二一日からそれぞれ支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余はいずれも棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大槁弘 裁判官 柴田秀 裁判官 野村武範)
別紙<省略>